特集

野球界を支える、バットの街・福光へ

地域としては
木製バットの生産日本一

あまり知られていないが、福光(富山県南砺市)は木製バットの街である。バットづくりは、大正末期から始まり、最盛期の昭和30年頃には10社のバット工場があり、国内シェアは約9割を占めていたといわれている。その後、野球人口の減少や金属バットの台頭などによって生産量は激減したが、令和の今も5社のバット工場があり、20万本を生産している。国内には岐阜、愛知、福井、千葉にもバット工場はあるが、地域としての生産量は福光が日本一なのだ。

 

今回は、現役・往年のプロ野球選手のバットを展示する全国唯一の「南砺バットミュージアム」、国内でも希少な手削りで世界に一つしかないバットを作り上げる「エスオースポーツ工業」をご紹介。2つの違った視点から、福光のバットの魅力を届けたい。

 

王、長嶋、イチローの
分身に出会う

まずは、南砺市福光にある「南砺バットミュージアム」を訪れた。館長の嶋信一さんは、小・中・大学の野球部の監督を経験し、今は富山県軟式野球連盟の副会長を務めている人物だ。そんな嶋さんが、福光のバットの歴史から教えてくれた。

 

「福光で最初にバットを作ったのは、波多栄吉さん。波多さんが愛知の木工会社で習得した技を、地元で生かしたのが始まりです。大正末期、バットの材料は九州や北海道が主で、販売元の中心が東京や大阪だったので、その中間地点としてバットの生産が増加し始めました。材料の保管に北陸の高い湿度が適していたことも、栄えた理由のひとつ。福光の主産業として、1,000人近くの人が従事していたのではないでしょうか」

 

そう語る嶋さんが、「南砺バットミュージアム」をオープンしたのは、平成24年2月10日のこと。「波多さんのお孫さんが私の友人で、一緒にこういう施設を作りたいという夢を持っていたんです」と、波多さんの会社の倉庫に眠っていたプロ野球選手のバット1,300本を買い取ったのがきっかけだ。商店街の空き店舗対策を活用して、夢を実現した。

 
館内にはバットは1,300本のうち、500本が展示されている。そのほとんどは、選手が注文するために見本として送られてきたものだ。さらに、ユニフォームやグローブ、サインボールなども満載で、野球好きにはたまらない施設である。

 

「ユニフォームやサインボールなどは、お客さんや先輩、後輩がくれて集まってきたんですよ。これらはコレクションというよりも、福光の歴史として大事な資料ですね。みんな『鑑定団に出され』というけど(笑)」

 

そう言いながら見せてくれたのは、金本和憲選手のバット。よく見ると、「皮を1枚剥いてくれ」と注文が書かれている。「皮一枚は0.1mm。単なる道具とはいえ、奥深いですよ。体の一部として扱いますから」と嶋さん。ごくわずかな違いにも気づけるのがプロ野球選手であり、その要望に応えられるのがプロのバット職人なのだろう。その他にも、グリップの手の跡や、ボールの縫い目を残すものがあり、一本一本からドラマが感じられる。

 
さらに何と言っても最大の目玉は、長嶋茂雄、王貞治、イチローのバット、そして大谷のサインボール(2016年)を見られることである。憧れのヒーローが愛用していた道具の形を間近で見られるとあって、多くの人々が訪れるのも無理はない。特に県外が多く、約8割を占めているそうだ。

 
「バットというよりも、その選手に会いに来たという感じですね。バットを握って嬉し涙を流された人もいました。他にも、丸1日いらした人もいるし、仙台や広島から日帰りでお越しになった人もいるし、年に1回お見えになる夫婦もいます。リピーターが多いんです」

 

普段、南砺バットミュージアムは無人。訪れた際には、隣の酒屋に嶋さんを呼びに行くというシステムだ。このお気楽さも、多くの人を惹きつける要因といえよう。

INFOMATION

南砺バットミュージアム

プロ野球選手のバット500本展示、一部は握ってプロの感触を体感できます。
大人 500円 子供(小・中学生)200円
詳しくはこちら

 

手削りでバットを作る
全国的にも希少な工房

次に訪れたのは、1981年の創業以来、木製バットの製造・販売を行う「エスオースポーツ工業」。工場内でバットづくりについてお話をしてくれたのは、同社代表取締役の大内弘さんと、バット職人の中塚陸歩さんである。

 

御歳80歳の大内さんは、16歳からバット職人ひとすじ。野球は見る専門だが、これまでには落合博満や掛布雅之選手のバットを手がけたこともある。

 
「昔からの伝統を後世に受け継ぎ、またお客様のニーズに応えるために、手削りにこだわっています」との言葉どおり、全国的に数少ない「手削り」でバットを作り上げていることが同社の最大の特徴だ。
大学生、社会人、独立リーグの選手をはじめ、野球選手を目指す小学生など、個人客からのオーダーをメインとしているのは、手削りによって自分だけの一本を手に入れられるからである。
しかも、その匠の技を持つ職人は全国でも両手に満たないが、同社には3人もいる。

 

「手削りは1本に20分ほどかかりますが、機械だと5分もしないうちに0.1mmの狂いなく削れるので、多くの工場では人を育てるより、機械を導入するようになりました。ですが、機械では一本単位で細かい要望に応えられません。手削りなら、さじ加減ひとつで微調整ができるので、要望に柔軟に応えられます」と中塚さん。一本からでも削れることが、同社の強みだ。

 
同社では、バット職人歴60年以上の大内さん自らが、若いスタッフに手削りを教えている。入社を機に兵庫から富山に移り住んで9年になる中塚さんも、かつてはその一人だった。もともと野球とものづくりが好きな彼は、23歳の時に地元のバット製造会社を訪れた。そこで「バットで食べていくのなら富山で修行しなければいけない」と言われたのが、同社に就職したきっかけだ。彼のほかに、秋田や沖縄出身のスタッフもいる。2022年も県外出身の新卒者が働き始める予定だ。

 

バット作りを通して、地域の活性化にも貢献している同社では、2021年の夏から「バット削り体験」を実施。バット作りの工程を見学した後、実際に刃物を持って削ることができる。最後には、バットの端材で作ったストラップに、レーザーで名前を彫ったものをプレゼントされるのも嬉しい。福光の思い出を持ち帰れる。

 
「皆さんに使って喜んで作ってもらえるバットを作っていきたいです。富山にお越しの際には気軽に遊びに来てください」と笑顔で話すお二人。同社の和やかな雰囲気も魅力だ。

 

福光の主産業として栄えたバットを資料として後世に伝える嶋さん。そして、希少な手削りの技を未来につなげる大内さんと中塚さんたち。福光には、それぞれの方法でバットを愛する人たちがいる。

INFOMATION

(有)エスオースポーツ工業

木製バット製造工場。職人の技術で、世界にたった一本しかないお客様だけのバットを作っている。 詳しくはこちら

INFOMATION

<体験プラン>野球好き集まれ!福光バットものがたり

ノミを使った「バット削り」を体験すれば、見るだけでは気づかないバット職人の熟練の技に触れることができます。また、バットづくりの行程も、間近で見学できます。 詳しくはこちら