特集

世界遺産に五箇山和紙をたずねて

江戸時代から続く
五箇山和紙の今

世界遺産に登録されている五箇山(富山県南砺市)には、江戸時代から脈々と受け継がれている手漉き和紙「五箇山和紙」がある。当時の五箇山和紙は、加賀藩の御用紙として手厚い保護を受け、主要な産業のひとつへ発展した。家々では多くの使用人を雇って、冬は紙漉きに励んでいたといわれている。

 

今回は、現代の五箇山で和紙づくりに情熱を注ぐ3つの生産者「東中江和紙加工生産組合」「一般社団法人五箇山和紙の里」「農事組合法人五箇山和紙」をご紹介。和紙の原料となる楮の栽培から紙漉きまでを一貫して手がけているのはそのすべてに共通しているが、得意分野や商品はそれぞれに個性的だ。三者三様の姿を通して、五箇山和紙の魅力を届けたい。

 

昔ながらの
楮100%にこだわる「悠久紙」

まずは、南砺市東中江にある「東中江和紙加工生産組合」を訪れた。中に入ると、紙漉きをする人や、細かいゴミを取る「ちり取り」という作業に勤しむ人がいる。ここでの和紙づくりを案内してくれたのは、同組合の代表を務める和紙職人の宮本友信さんだ。

 

「うちには、かつて加賀藩に五箇山和紙を納めていた「紙漉稼(かみすきか)」だったんです。代々大事に保管されている明治3年の加賀藩の鑑札(かんさつ)がその証です」

 
それから150年以上の歳月を経て、令和の今は主に文化財の修理修復をする際の下張りに用いられる「五箇山の悠久紙」として、首都圏でもその名が知られている。

 

「先代が漉いた和紙が昭和49年の京都・桂離宮の昭和の大修理に用いられたのを機に、私の代になってからも名古屋城の本丸御殿、金沢の成巽閣、高岡伏木の勝興寺などの修理修復に使われてきました。楮は、1.5ヘクタールの畑で1年分を栽培しています。そのわずか6%程度しか和紙になりませんが、楮100%で漉くことで、約1000年の耐久性を持つとされる紙に仕上げています」

 
悠久紙の驚くべき耐久性の高さは、昔ながらの製造方法を用いていることに理由がある。一般的な和紙づくりでは、ソーダ灰(炭酸ナトリウム)だけでなく、苛性ソーダ(水酸化ナトリウム)も一緒に入れて楮を煮るが、宮本さんはソーダ灰のみで煮ることにこだわっている。なぜなら、繊維を傷めず、耐久性を最大限に高められるからだ。その分、ちり取りという工程がプラスされ、手間が増えるが、だからこそ文化財の修理修復に必要不可欠な和紙となる。

 

その工程の前には、雪の上に楮をさらす「雪晒し」を行うことも特徴。ここまで徹底して手間をかけられている和紙は、全国的にも極めて稀である。

 
「雪晒しとは、12〜3月にかけて7~10日間、蒸して皮を剥いだ楮を雪の上に晒すことをいいます。紫外線が葉緑素を抜くので、真っ白ではなく、生成色になるんですよ。しかも、同じ生成色でも一枚一枚微妙に異なるんです。悠久紙として仕上がった後は、太陽の光に当たると、今度はだんだん白くなっていくのも魅力。例えば、障子紙として用いると、その変化を暮らしの中で楽しめます」

 

文化財の修理修復用の和紙と聞くと、あまりにも手の届かない存在のように思えるが、自宅の障子紙として使うことも可能だ。1度貼れば20〜30年は張り替える必要がないため、長い目で見るとお得な買い物かもしれない。また、もっと気軽に悠久紙を暮らしの中に取り入れたい人には、草木染めを施した祝儀袋や大福帳などの小物がおすすめ。工房の見学もできる。

INFOMATION

東中江和紙加工組合

1,000年は持つとされる「悠久紙」の製造工房。

詳しくはこちら

INFOMATION

「悠久紙」の和紙工房特別見学

昔ながらの伝統的な工房見学と匠(職人)から歴史や生産、和紙の用途にまつわる語らいをお楽しみいただけます。
料金:6名様まで5,000円、追加1名ごとに1,000円追加となります
詳細・お申込みはこちら

 

日常に溶け込む、
モダンな五箇山和紙

次に訪れたのは、すぐ近くにある「五箇山和紙の里」。館内に入ると、真っ先に目に留まるのが、オレンジやブルーなどのビビッドなカラーが五箇山和紙に映える製品の数々。そのブランド「FIVE」のプロデュースを手がけた石本泉さんにお話を聞いた。

 

「FIVEは、2013年の南砺市の「新商品の開発事業」で、外部ディレクターやデザイナーと一緒に生み出しました。それまでは観光地のお土産品のようなものが多く、普段使いできるようなものがあまりなかったので、和紙の持つ強さと軽さをアピールしつつ、より身近に感じられる製品づくりをめざしました。色に関しても自然界でパッと目に留まるよう、新たな和紙の表現に挑戦したんです」

 
FIVEの誕生以降も和紙の特性を生かして、日常生活で使える製品の開発・加工に力を注ぎ、色柄や染め方の異なる「GOKAYAMAWASHI」「SEKKA」というシリーズも生み出した。

 

「SEKKAは、雪花染という昔ながらの技法を用いながらも、柄そのものや大きさを現代風にアレンジしています。一つひとつ柄の入り方が微妙に異なるので、1点ものに近いですよ」

 
彼の言葉からもわかるように、これらの商品は単に新しいだけではない。揉み紙(強制紙)など伝統的な技法に新しいアイデアや技術を織り交ぜて、これまでになかった形を生み出しているのだ。もちろん、楮の栽培も手がけている。標高の高い畑で育てた細く長い繊維質を持つ楮を漉くことで、軽くて強く独特の艶がある和紙を作り出している。原料は和紙づくりの業者の方にも卸しているが、今はそれ以外のアイデアもあるようだ。

 

「自宅でものづくりを楽しめるようなキットを企画・開発したいなと思っています。例えば、楮の皮を剥いだ状態から年賀状を作るとか、その人の好きな雰囲気の和紙を作るとか、原料から料理感覚で作れるようなものを仕掛けたいです」

 

五箇山和紙の魅力を広く伝えようと模索する彼は、新たな加工にも意欲的だ。

 

「今は、抗菌抗ウイルス加工の試験もしています。例えば、建物の壁紙などインテリアとして使える和紙にその加工を施して、より機能的かつ安心・安全で快適な暮らしを提供できたらと思っています」

 
五箇山和紙の可能性を追求する石本さんは、各商品の用途に最適な原料やその配合、製造方法を大切にしていることも特徴だ。五箇山和紙の里では、五箇山産の楮100%を使った手漉き和紙や、ミツマタをブレンドした手漉き和紙、外国産の木材パルプやミツマタを配合した機械漉き和紙など、多彩な五箇山和紙に出会えることも大きな魅力である。

INFOMATION

五箇山和紙の里

五箇山和紙の歴史や製造工程、製品などを紹介する他、和紙すき体験もできる。
詳しくはこちら

 

「もったいない」から生まれた、
「紙塑人形」の絵付け体験

最後に向かったのは、相倉合掌造り集落内にある「五箇山和紙漉き体験館」。和紙の製造、加工、販売、紙漉き体験を主な業務とする「農事組合法人五箇山和紙」が、昔ながらの作業風景を観光客に見てもらうために空き家を活用した施設である。ここで楽しめるのは、「紙塑(しそ)人形」の絵付け体験。五箇山和紙を再利用した真っ白な招き猫に、誰でも絵を描ける。その先生として約45年のキャリアを持つ、同法人の代表理事・前崎真也さんに話を聞いた。

 

「紙塑人形は、日本中どこを探してもここにしかありません。五箇山和紙を加工する際には断ち屑など出てしまいます。それを「もったいない」という心から生まれました。作り方を簡単に言うと、立ち屑などを集めて杵臼でつき、糊を混ぜて粘土状にしてから型に詰めます。それから成型をして乾燥をして、乾いた人形に和紙を貼れば、絵付けができる状態になります」

 
約1週間かけて作られる紙塑人形。前崎さんの見本を見ながら自由に描くことを楽しみたい。体験後は、お土産選びがおすすめ。干支や開運だるまなど多彩な紙塑人形は、どれも愛嬌があって持ち帰りたくなる。

 

「絵を描くのが好きだから、人に喜んでもらえるものを作れるのが嬉しいです。どれも手書きなので、すべてが一点物。型は同じでも、和紙の詰め方によってフォルムも異なります」

 

代々紙漉き業を営む家系に生まれ、デザインと製紙工学を学んだ前崎さんは、絵付け体験を教えているだけではない。伝統工芸士の肩書きを持つ手漉き和紙職人であり、自ら原料も育てている。

 

「楮は可愛がれば太く大きくなりますが、世話をしなかったら傷だらけになり、ちり取りの時にすごく手間がかかります。芽掻きとカモシカ対策が特に大変ですが、愛情を込めて育てることを一番大事にしていますね」

 
大切に育てた和紙を使った調度品や、金沢伝統の和傘、ドレスなど多彩な商品の展示販売も行っている。その中には、世界的に有名な京都の「日吉屋」の京和傘も。和紙そのものの良さに加え、小ロットで対応していることが高く評価されているのだ。

 
噂は噂を呼ぶのだろう。ある時、かの隈研吾事務所から新たな五箇山和紙づくりの依頼が届いた。要望に応えて生まれたその和紙は、和紙の上に雨が降ったような模様をつける「落水」という技法を用い、雨の代わりに立山産の籾が使われているのが特徴だ。

 

「2022年春、立山町白岩地区に建築家・隈研吾設計の“蔵”が完成する予定です。その蔵は、ドンペリニヨンを28年間造り続けた男性が挑戦した日本酒「IWA」のための建築物で、その壁紙に使われます。富山県産の紙をはじめ、「産地の人を助けたい」という隈研吾事務所の方々の思いによって実現しました」

 

時代を経ても変わらない美しさ、時代とともに変わる美しさ。それぞれの信念を貫きながら、五箇山和紙を未来へつなぐ3人の考え方、そして生き方は、五箇山和紙の魅力そのものといえよう。

INFOMATION

五箇山和紙漉き体験館

和紙絵画、ちぎり絵用の和紙、紙塑民芸品など多彩な和紙製品の製造工房。
詳しくはこちら

INFOMATION

ツアー「五箇山和紙を彩る~世界遺産で手仕事体験」

合掌造り家屋の中で、紙塑人形に絵付けをし、自分だけの猫の置物を作ります。ランチや散策も楽しめます。
料金:おひとり様 5,500円(税込)
詳細・お申込みはこちら